英語力を獲得する方法としてよく挙げられるのが多読です。英語教師であり、優れた英語力を持っていた夏目漱石も自身の著書「現代読書法」で多読を提案しています。一口に多読といっても読む本は人によってさまざまです。大意をつかみつつ素早く読み進めて量をこなすのが多読ですから、読者にとって難しい本は不向きです。ある研究では文章を理解し、かつ楽しむためには文章中の98%以上の単語を知っている必要があると結論しています (Hu and Nation 2000)。
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大人向けのペーパーバックには難しい単語や文章が出てきますので、そういった本を読むにはそれなりに広い語彙と文法の深い知識が必要です。ちょっと読んでは辞書を引いたり文法を調べたりと、理解に多くの努力を必要とする本は多読にはあまり向いていません。継続するコツは楽しめる状況をつくることです。そういった意味でも、自分に合った本選びには少しコツが要ります。ここでは、筆者がこれまで読んだ本を (読み終えられなかったものも含め) 主に多読という視点から紹介します。本のボリュームと、難易度の指標となる Lexile 指数についてもわかるものについては併記します。
Holes
14歳の Stanley Yelnats 少年は、著名な野球選手のシューズを窃盗したという無実の罪で Camp Green Lake と呼ばれる矯正施設へ送られる。そこは少年院と違って、少年たちは不毛の地で毎日ひたすら穴を掘るという奇妙で苦しい生活を強いられるのだった。少しずつ明らかになっていく「穴」と施設の正体。やがて少年は決死の脱出を決行する。
ヤングアダルト向けの小説です。作者の Louis Sachar はこの作品で、アメリカで最も優れた児童文学の著者に与えられるニューベリー賞を受賞しました。本のボリュームは 47,000 語程度。Lexile 指数は 660 です。
「英語耳」によるとニューベリー賞をとった作者の本ははずれがないそうです。たしかに本作は児童書ながら、大人でも充分に楽しめるストーリー構成になっています。Holes は私が多読を意識して読んだ最初の作品です。英語の難易度としてはそこまで高くなかったので、ゆっくりですが最後まで楽しく読めました。これを読んだ頃の筆者の語彙は推定で 4000 前後だったようです。知らない単語は結構ありましたが、そのうち頻出するものだけ辞書を引くようにしたのであまりストレスはなく、むしろいくつかの単語を無理なく覚えることができました。
Someday Angeline
天才になりたいわけでも、変人にもなりたいわけでもない。ただ自分らしく幸せになりたい。天才的に賢い少女 Angeline はその賢さゆえに様々なトラブルに巻き込まれる。彼女の父親でさえ、普通とは違う天才とおぼしき娘とどう接すればいいのか分からずにいる。そんな中、ある男の子 “Goon” と先生 “Mr. Bone” と出会うことで、Angeline をとりまく状況は少しずつ変わっていく。
Holes と同じ Louis Sachar の作品です。本全体の語数は 29,000 語程度。Lexile 指数は 610 です。
Holes と同じく平易な英語で、さらに短かいので比較的手をつけやすい作品です。水族館のシーンがきれいで印象的。隠れた名作です。”Goon” と言えばおむつを連想する方が多いと思うんですが、この作品を読むと少し印象が変わります。
My Father’s Dragon
日本でも有名な「エルマーのぼうけん」です。Ruth Stiles Gannett 作。表紙の絵を見て懐しく思うかもしれません。
語数は 7,000 語程度なのでちょっとまとまった時間をつくって一気に読むことができます。Lexile 指数は少し高めの 970 です。
個人的には、児童向けでボリュームも少ない割には読むのが大変というのが第一印象でした。他の作品と比較すると Someday Angeline の方が読みやすく感じました。少しボキャビルをした後に読み返したときにはそうでもなかったので、恐らく語彙が不足していたのだと思われます。そういった意味で、多読で最初に読む本としてこれを誰にでもおすすめできるかというとちょっと自信がありません。
There is a Boy in the Girls’ Bathroom
クラスの問題児 Bradley Chalker は学校のみんなから (教師からさえも) 嫌われている。スクールカウンセラーの Carla を除いて。Carla や転校生 Jeff とのやりとりのなかで、Bradley の人との関わり方は少しずつ変化していく。
こちらも Holes と同じ Louis Sachar の作品。語数は 42,000 語程度。Lexile 指数は 490。対象年齢が若干低いのか、Louis の他の作品と同じかそれ以上に読みやすい平易な英語で書かれています。Someday Angeline と同じく現実世界での日常を描いたストーリーで、難しい単語もほとんど登場しません。
短かい文ではうまく伝えられないのですが、筆者が Louis の作品の中で一番好きな作品がこれです。また、Holes や Someday Angeline と違い、この作品はオーディオブックでも聴けるので、同じ作品を耳で楽しめて一石二鳥です。いちど読んだことのある本ならオーディオブックの朗読も聞き取りやすいです。難しい単語もほとんど出てこないので、これまで語彙を積極的に広げてこなかった人が最初に読む作品としてもおすすめできます。
The Giver
全てが均一、色や音楽もなく、苦痛や激しい感情が取り払われ、生活を完璧にコントロールされたユートピア。12歳になったジョナスは Giver から「記憶」を受け継ぐ Receiver という役割を与えられる。Giver から記憶を受け継ぐことで、ジョナスは現在は体験できない様々な痛みや喜びを体験する。そして、この世界が現在のユートピアになることで何を失なったのか、この世界からの「解放」が何を意味するのかを知ることになる。
The Giver Quartet 4部作 (The Giver, Gathering Blue, Messenger, Son) のひとつ。作者の Lois Lowry は別の作品 Number the Stars でニューベリー賞を受賞しています。語数は 48,000 語程度。Lexile 指数は 760 です。
難易度は Holes と同程度か少し難しいくらいではないかと思います。比較的難しい単語が多い印象で、初めて読んだ当時の語彙力ではなかなか読み進めるのが大変でした。が、それを凌げるほどストーリー展開は面白く、無事に読み終えることができました。作品のラストには賛否あるようです。この作品も Audible でオーディオブックも購入できます。感情の込もった声を聴くことで、英語の台詞をより理解する助けになると思います。ちなみに、オーディオブックの朗読は基本的に一人で行なわれるのですが、各台詞で全員ぶんの役がきちんと使い分けられているので、容易に聞き分けられます。
The Martian
火星にたったひとり取り残された主人公 Mark Watney。地球との通信手段も失ない、帰りの宇宙船もない。そんな中で植物学者兼エンジニアである Watney は残された設備を使いあらゆる手段で生きのびようとする。
邦訳タイトルは「火星の人」。映画「オデッセイ」の原作。語数は 100,000 語程度。Lexile 指数は HL680 です。ストーリーは主に Watney の日記の連なりというかたちで進むため、口語の比較的易しい英語で読み進められる。児童書というわけではないのと Sci-Fi ということもあり、割と難しい単語は多い。冒頭からFワードが出てくる。
それなりにボリュームのある作品なので読み終わるまでに少し時間を要しましたが、途中でだれることなく最後まで楽しめました。普通に考えたら生き残れる可能性が極端に低い絶望的な状況と、それに全くへこたれない主人公の気質が奇妙な緊張感を生んでいて全く飽きません。火星の土で植物が育つか、みたいなことを空想するのが楽しい人にも是非おすすめしたい。この作品にもオーディオブックがあり、個人的には他作品と比べてナレーションが素晴しいと思います。あとは映画もあるので (原作とは多少違いはありますが) 3回楽しめるのがいいですね。
Master of the Game
主人公の Jamie McGregor は一攫千金を狙って南アフリカへ渡る。苦しい旅路を経てたびたび絶望的な状況に陥りながらも、ついに不屈の精神でダイアモンドを掴み財産を築く。Jamie の娘 Kate は父の事業を拡大し、国際的な大企業に育てあげる。Kate の息子 Tony、その双子の娘 Eve と Alexandra も、Jamie から始まった壮大なドラマに巻き込まれていく。
邦訳は「ゲームの達人」。語数は 140,000 語程度とかなり長い。Lexile 指数は不明です。The Martian と同様これも児童書ではないので、難しい単語が若干多い印象。
かなり過酷な展開が待ち受けているので読む人を選ぶかもしれません。長いですが、Sidney Sheldon の出世作というだけあって展開はかなり面白いです。難しい単語もありますが、英語自体は易しいので多読に向いているとも思います。これも Audible でオーディオブックを購入できます。しかし、他の作品と比べると若干ナレーションが単調な印象です。
名作のダイジェスト版をたくさん読む
Penguin Readers や I Can Read などのシリーズでは「ねじの回転」や「ベニスの商人」「ジキルとハイド」のような名作を 10,000 語前後の短かさに編集されたものを読むことができます。こういった本は図書館にも割とあったりするので、一度調べてみるといいかもしれません。平易な英語なので辞書がなくてもさくさく読めます。長編を読んだ後のちょっとした箸休めになりますし、多読をはじめるとっかかりとしても良さそうです。
途中までしか読まなかった作品
Judy Moody と Diary of a Wimpy Kid は、子供の視点で日常が描かれており内容としては面白いのですが、どういうわけかあまりスムーズに読むことができず途中で挫折してしまいました。どちらも文が手書き (もしくは手書き風?) で、電子書籍リーダー (Kindle) の辞書機能が使えなかったことも要因のひとつだと思います。そのうち再挑戦してみたいものです。
また、「秘密の花園」の邦題で知られる The Secret Garden も最後までは読み切れませんでした。一部の登場人物たちの台詞がヨークシャー訛りとなっており、意味をとるのが難しいことが主な原因と考えています。注意深く読めば何となく意味は分かっても、やはりスムーズに読むのは困難に感じます。そのため、特に方言に興味があるわけではない方には、手放しではおすすめできません。
今の自分に合った洋書を選ぶうえでのモノサシ
冒頭でも触れましたが継続するコツは楽しめることだと私は考えます。辛いことが多いと長続きしづらいとも言い換えられます。洋書の多読を楽しく続けるには、読書の妨げになる障害をなるべく取り除くことが大切です。たとえば作品の次のような性質は、スムーズな読書の妨げになりやすいです。
- とても長い
- 知らない単語が多く使われている
- 難しい言い回しや方言が使われている
- 内容に興味が持てない
- フォントが読みづらい
ぶ厚い本や難しい単語が多く出てくる大人向けの長編小説は、人によっては読破に3ヶ月かかってしまうかもしれません。それでは進んでいる感覚がなかなか得られません。せめて面白ければいいのですが、読み進めるのに気合いが必要なのであればもう少しハードルの低い作品を選んだほうが良いでしょう。とはいえ、難易度を下げようと幼児向けの作品を選んでみたものの、対象年齢が違いすぎて全く楽しめないということもあり、バランスが大切です。一般的に、作品の対象年齢が上がるにつれ難易度が上がっていきますが、それだけ興味深さも増していきます。おすすめは、自分がすらすら読めるレベルより少しだけ上を狙うことです。
自分に合った作品を見つけるにはある程度の試行錯誤が必要ですが、指標や語数といった購入前に得られる情報を活用するとより効率的です。
amazon.co.jp の「英語 難易度別リーディングガイド」では、Lexile指数と呼ばれる指標によって、難易度のレベルごとに作品を紹介しています。いくつか立ち読み (a.k.a. なか見! 検索) して読みやすさを比較することで、自分にあったLexile指数がどれくらいかを確かめることができます。
また、英語多読研究会でも「読みやすさレベル」(YL: Yomiyasusa Level) と呼ばれる指標を定めています。こちらは読者の意見をベースに難易度を数値化しているようです。多読の対象本としてよく挙げられる作品の多くは同サイトで検索して YL を調べることができます。
作品が3万語なのか10万語なのかによって、読書の計画は大きく変わります。そのため、難易度だけでなく作品のおおよその語数を知りたいことがあります。ページ毎の語数とページ数からおおよその語数を推測することは可能ですが、まずは次のようなサイトで作品を検索してみると良いでしょう。
オーディオブックでリスニングの強化をしたいという方もいるでしょう。そういう意味では、読もうとしている作品のオーディオブックが販売されているかどうかという点も選択の基準になります。